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2011年3月25日 |
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未曾有の大津波が襲った沿岸部では、未だに
大勢の人々が避難所生活を余儀なくされていますが
一方で、ライフラインが復旧した自宅に戻ったり、
親戚や知人の家へ移る人も増えてきています。
宮城野区の中野中学校に避難していた人も
全て移動したようで、避難所閉鎖の張り紙が
貼ってありました。
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宮城野区・中野中学校 |
2011年3月22日 |
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震災から10日が過ぎ、街にも人が戻ってきました。
天井板が落ちるなどの被害が出た仙台駅では、
現在、急ピッチで復旧作業が行われています。
西口と東口を繋ぐ東西自由通路が通行可能になり、
ペデストリアンデッキの上を人が行き来していました。
少しずつ、しかし着実に復興へと歩を進めています。
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仙台駅西口ペデストリアンデッキ |
2011年3月19日 |
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仙台市中心部を歩いていると、大震災の被害は、
建物のヒビや剥落の他にも、道路の陥没や歪みが
意外に多いことに気付きます。長く続いた横揺れが
地盤に影響を与えたのでしょうか。
勾当台公園前の横断歩道も、陥没していました。
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東二番丁、定禅寺通交差点 |
2011年3月14日 |
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仙台駅前のエンタツパーキングの看板が傾き、
高層ビル「SS30」のアンテナが折れ曲がっていました。
他にも、外壁にヒビが入ったり、パネルが剥落した
ビルがありましたが、沿岸部の甚大な被害に比べると、
この程度で済んで良かったと言えるかもしれません。
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仙台駅前 |
2011年3月13日 |
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大震災後、電気、水道、ガスなどが止まりました。
中心部では、徐々に電気が回復してきましたが、
光の灯った街の彼方に、赤い炎が見えました。
仙台港の石油備蓄タンクが燃え続けています。
石油が燃え尽きるまで待つしかないそうで、
電気の灯りがついた安心感と、
未だ被害が続いている不安感とで
複雑な気分になりました。
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東日本大震災後の仙台 |
2011年3月12日 |
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11日午後に東北地方を中心に東日本全域で起きた
大地震で、いつもは多くの人が行き交う仙台駅が
黄色いテープで立ち入り禁止になっていました。
無人のペデストリアンデッキが
寂しく悲しげに見えました。
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東日本大震災後の仙台駅前 |
2011年3月8日 |
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明るい日差しが、
結婚式場のチャペル前に並んだ彫像を
眩しく照らしていましたが、気温が低く、
春の暖かさは感じられませんでした。
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広瀬通・パレス平安前 |
2011年3月2日 |
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昨日は小雨、おとといは雪が降り、
冬に逆戻りしたかのような日が続いています。
今日も、午前中は小雨が降り、午後からは
青空が顔を覗かせましたが、肌寒い一日でした。
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仙台駅前・ペデストリアンデッキ下 |
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